高杉晋作終焉の地と桜山神社



前回の続きを散策してきました

高杉晋作終焉の地は、国道から1本中に入った所にあります



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第二次長州征伐で、小倉城を落とし幕府軍を駆逐したのち肺結核を患った高杉晋作は、1866年、招魂場がある桜山のふもとの家屋に転居し、愛人おうのの看病のもと療養生活に入った

のちに下関の町中にある林算九郎邸の離れ屋敷(上写真の所)に移り、1867年 4月14日、27歳という若さで息を引き取った
死の直前に高杉は筆と紙を求め「おもしろきこともなき世をおもしろく」と書きかけたが、力が尽きて後が続かずにいたところ、そばにいた歌人・野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」と下の句を代わりにつけてやったと言う

遺骸は遺言により、奇兵隊の本営があった吉田に埋葬され「東行庵」と名付けられた



終焉の地から少し北に行った辺りに桜山神社(桜山招魂場)があります


その前に... 近くにはこの地にちなんでか?こんなお店もあったり...



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高杉晋作の提言により、長州藩のために命を捧げた人々の慰霊のために1864年に創建されました
日本初の招魂社です



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396柱の殉難された霊が祀られています

中央の吉田松陰の塔だけが1段高く、他はすべて同じ高さです



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吉田松陰への尊敬の念がうかがえますね

坂本龍馬の死後、下関に滞在していたお龍の桜山神社にまつわるエピソードも説明書きに...


まだまだこの辺りには明治維新の史跡があるようです



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また少しづつ訪ねてみようと思います
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by cross-panache | 2014-10-02 10:07 | 風景
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